大航海時代から人々の心をひきつけてやまない香辛料。世界には、香辛料を使って独自の食文化を築いてきた国がたくさんあります。ここ日本でも今はスーパーに行けば、様々なスパイスを求めることができます。でも、スパイスをうまく使いこなすのって、なかなか難しくありませんか? 買ってはみたものの、いまいち使い方が分からないまま出番が来ず棚の中で忘れ去られている…なんてことも多いと思います。そこで、この連載ではスパイス使いが上手な国の人々に、スパイスを使った代表的な料理を取材。組み合わせ方のヒントやスパイスのはたらきなどもご紹介します。
第一回目は、「スパイス」と聞いておそらく誰もが真っ先に思い浮かぶ国・インド出身の方から、現地の家庭でも食べられているチキンカレーの作り方を教えてもらいました。
▼インド仕込み「本格ビリヤニ」の作り方を知りたい方はこちら!
今回のスパイス伝道師はこの方
プラサド・ビネシュさん
今回チキンカレーの作り方を教えていただくプラサド・ビネシュさん。在日インド人が多く居住することから“東京のリトルインディア”とも呼ばれている街・西葛西で、「スワガット・インディアン・バザール」という名前のインド食料品店を営んでいます。お釈迦様が悟りを得た土地としても有名な北インドのブッダガヤ出身。インドに奥様と息子さんを残して、2007年に単身日本にやってきました。今では日本語もペラペラです。
プラサドさんのお店に足を踏み込めば、そこはまさに「インド」。香辛料の香りが充満する店内には、はじめて見るような珍しいスパイスや、現地の台所でも使われる食用油、インドの米、穀粉類、豆類、缶詰、冷凍食材、レトルト食品、お菓子、洗剤など、ありとあらゆる食材や日用品がぎっちり並んでいます。しかも、どの商品も驚くほどの安さ。スパイスも1袋100~200円程度で、あくまで日本で生活をするインド人家庭向けの食材店、といった雰囲気です。けれど、その種類の豊富さと良心的な価格から、スパイスを求めて遠くから買い出しにやってくる日本人も常連さんも多くいます。
今回、店内でいろいろお話しを聞くつもりで伺ったのですが、「ぜひワタシのウチに来てください。チキンカレー作ってみせます」と、なんともフレンドリーなプラサドさん。お言葉に甘えて、ご自宅の台所で実際の調理風景を見せてもらうことにしました。
本格チキンカレー、材料と作るポイントはこれ!
調理に入る前に、プラサドさんにチキンカレーを作るうえで大切なポイントを聞きました。
「チキンカレーを作るときはね、骨付きチキンを使ったほうがいいよ。骨からダシがでます。インドの家庭では、一度に1~2kgくらいのチキンを使う。たくさん作ったほうが美味しくできます。これで家族4人、昼と夜に食べるくらいね。一番時間かかるのは玉ねぎを炒めるとき。ゴールドになるまでゆっくりゆっくり時間をかけて炒めてね」
ということで今回は、小さめの丸鶏2羽分を使った作り方になりますが、鶏を半分の量にしたいときは、その他の材料も半量にしてください。使うスパイスの種類の多さに驚くと思いますが、これがインドの家庭では基本らしいです。
材料
- 内臓をとった丸鶏(あるいは手羽元や手羽先) 小さめ2羽分(約1.6kg分)
- 玉ねぎ 大きめ1個半~2個
- ニンニク 5~6片
- しょうが 40g程度
- トマト 大きめのものを半個
- 水 200~400mL(好みによる)
- 食用油 大さじ3
- 塩 小さじ3程度
- ▼ホールスパイス
- クミンシード 小さじ1
- ブラックペッパー 15粒
- グリーンカルダモン 6粒
- クローブ 10粒
- シナモン 1本
- インディアンベイリーフ(ふつうのベイリーフでも可) 1枚
- 赤唐辛子 2本
- 青唐辛子(好みで 1本
- ▼パウダースパイス
- ターメリックパウダー 小さじ山盛り2
- チリパウダー 小さじ1
- クミンパウダー 小さじ山盛り2
- ガラムマサラ(チキンカレー用) 大さじ1
現地感たっぷりの台所で作る、本格チキンカレー
では、早速プラサドさんに作ってもらいます。
「まずね、ニンニクとしょうがはみじん切りに。次に玉ねぎをスライスする。みじん切りにする人もいるけれど、ワタシはスライスが好き」
「次に鍋に油を入れる。インド人がよく使うのはヒマワリ油」。そういって鍋に油を入れたのですが、その鍋が見たことのない形でユニーク。インドの家庭ではおなじみの形の圧力鍋だそうです。ただし、今回のチキンカレーでは圧力をかけません。
鍋に入れたヒマワリ油を中火で熱しつつ、ホールスパイスを用意します。「クミンシード、グリーンカルダモン、ブラックペッパー、クローブ、シナモン、ベイリーフ。カルダモンは中に種があって、そこから香りが出るから、ペンチで潰すといいね」。そう言って、プラサドさんはカルダモンをペンチで一粒ずつ潰していきます。なるほど、ペンチの新しい使い方、発見です。
「そうしたら、熱した油に、最初にクミンシードを入れる。小さじ1杯くらい」。
「クミンからシュワシュワ泡が出たら、次に、カルダモン、ブラックペッパー、クローブ、シナモン、ベイリーフを入れる。そのときにね、油でスパイスがぱちぱち跳ねるから、おさまるまで鍋にフタする」。パチパチ音がおさまったらフタを取ります。すると鍋の中はこんな感じ。
「次は、鍋に玉ねぎを入れる。火は初めから最後まで、ずーっと中火」。玉ねぎを軽く炒めたら、適当にちぎった唐辛子と輪切りの青唐辛子を入れてさらに炒めます。ただし、青唐辛子を入れるとかなりシャープな辛さが出るので、辛いのがあまり得意でない方は、控えたほうが良いかもしれません。
玉ねぎを炒め続ける間に、丸鶏をぶつ切りにしていきます。まず背中に包丁を入れて、皮をはぎます。そうするとぶつ切りにしやすいそう。皮が好きな方はとっておいて、後で肉と一緒に入れてください。「日本の人はなかなか丸鶏を買わないね。手に入らなかったら、手羽先や手羽元でもいいよ。骨が付いていれば」とのこと。やはり骨がついているかどうかが、最重要ポイントなんですね。
ところで、今回はチキンカレーの作り方を教えてもらっていますが、インドではほかにどのようなスパイスの使い方があるんでしょう? 「今日使ったスパイスは肉のとき。チキンだけじゃなくて、マトンカレーの時も同じ。でも野菜は野菜の、魚は魚のスパイスがある。たとえばオクラを炒めるなら、コリアンダーとターメリックとチリ。魚のカレーにはマスタードシードを使う」。やはり食材によってスパイスの組み合わせを変えるんですね。インド人のスパイス使いはまだまだ奥が深そうです。
さて、先ほどから炒めている玉ねぎはどんな感じでしょうか?
「まだまだ。もっともっと炒める。色がゴールドになって、ペーストみたいになるまで。焦がしたらダメだから時々混ぜる」。十分あめ色になっているように見えますが、プラサドさんは、なかなかOKを出しません。引き続き、気長に炒め続けます。
さてここで、プラサドさんが重そうな半円型の石を持ち出してきて、先ほどみじん切りにしたニンニクとしょうがをワイルドにすり潰し始めました。「この石もインドの家庭にはどこにでもある。これですりつぶさないと調子でない」。
とはいっても、この石をもっている人は、なかなか日本にいないと思いますので(笑)、初めからみじん切りではなく、おろし金やミキサーですり下ろしておいたほうが良さそうです。
玉ねぎのほうは、40分くらい炒め続けたところで、ようやくプラサドさんの「GOOD!」が出ました。きれいなあめ色で、玉ねぎがほとんどとろけてペーストのようになっています。そこに先ほどすり潰したニンニクとしょうがを入れて、軽く炒めます。
さらにぶつ切りにしたチキンを鍋に投入。
肉の表面の色が変わるまで炒めたら、パウダースパイスを加えていきます。まずはターメリック。日本ではウコンとも呼ばれていますね。小さじで山盛り2くらい。
次に、チリ。今回は小さじ1くらいを入れました。「とても辛いパウダーだから、辛いの嫌いな人は、少なくしたほうがいい」とのアドバイス。
最後に、クミンパウダー小さじ山盛り2杯。先ほど種の状態のクミンシードも使いましたが、パウダー状のものも入れます。インド料理には欠かせない香りのよいスパイスです。
あとは、チキンカレー用のガラムマサラ。ガラムマサラとは、様々なスパイスがミックスされているもので、仕上げに入れることで味に奥行と一体感が出るのだそう。
パウダースパイスを入れてチキンと一緒に混ぜたら、トマト半個を乱切りにして鍋に入れ、ひとまぜします。プラサドさんは、トマトをまな板を使わず皮つきのまま空中切り(!)して鍋に入れていました。
ここで鍋に水を入れます。だいたい1~2カップ程度でしょうか。丸鶏を使った場合、鶏肉から水分がかなり出るので今回は水をあまり入れませんでしたが、好みにもよるので様子を見ながら入れてください。
ようやくカレーらしくなってきました。最後に塩で味を付けて、チキンに火が通るまで軽く煮ていきます。プラサドさんいわく「インド料理では味付けは塩だけ。だからしっかり塩入れたほうがおいしいよ」とのこと。調味料は塩だけということは、食材のもつ味と香辛料で変化をつけていくんですねー。さすがスパイスの国。ちなみに日本のカレールーとは違い、インドではカレーを作るときには小麦粉を使いません。
さて、そろそろカレーができあがるという頃に、炊飯器からもいい匂いが漂ってきました。今回プラサドさんはインドのお米・バスマティライスを用意してくれていました。「バスマティ」とはヒンドゥー語で「香りの女王」という意味だそう。その名の通り香りがよく、細長い形で、味わいはサッパリ。パラパラしているので、カレーに良くなじみます。
さて、チキンカレーも、ライスもとうとうできあがりました! 部屋中にスパイスの良い香りが満ちていて、かなり食欲を刺激します。
スパイスから調合した本格チキンカレー、いただきます!
食べてみてまず驚いたのは、とても塩だけで調味したとは思えない複雑な味わいに仕上がっていること! チキンの旨味と玉ねぎの甘さに、スパイスの複雑で奥行のある香りと鮮烈な刺激が加わり混然一体となっています。食べれば食べるほど食欲がわき、ひと口ごとにモリモリ元気になっていく感じです。恐るべし、スパイスマジック!
プラサドさんは右手だけを使って器用に食べていたので、私も真似して素手で食べてみました。やってみると意外と難しくぎこちない手つきでしたが、その場の雰囲気も手伝ってかさらにカレーが美味しく感じました(その後しばらく指にスパイスの香りが残っていました)。
みなさまも今回のレシピで本場のチキンカレーを作った際は、ぜひ日本でのお行儀作法は忘れて、インドスタイルで食べてみてください。すぐさま心がインドにトリップすること請け合いですよ。
プラサドさん、今日は本場のチキンカレーを作っていただき、ありがとうございました!
(調理時間:70分)
作り方
- ニンニクとしょうがは荒くみじん切りにしてすり潰すか、おろし金やミキサーですりおろしておく。玉ねぎはスライスしておく。カルダモンは中から種が出るよう潰しておく。
- 丸鶏を使う場合、皮をはいでぶつ切りにしておく。
- 鍋に食用油を熱して(中火)、まずクミンシードを入れる。クミンからシュワシュワ泡が出たら、ホールスパイスのカルダモン、ブラックペッパー、クローブ、シナモン、ベイリーフを入れる。スパイスがパチパチ跳ねるので、おさまるまでフタをする。
- 鍋に、玉ねぎを入れて軽く炒め、適当にちぎった唐辛子と輪切りにした青唐辛子(好みで)を入れてさらに炒める。
- 玉ねぎをあめ色のペースト状になるまで炒めたら、ニンニクとしょうがを加える。
- 軽く炒めたら、鶏肉を投入し、肉の表面に色がつくまで炒める。
- パウダースパイスのターメリック、チリパウダー、クミンパウダー、ガラムマサラを加えて混ぜる。
- 皮つきのまま乱切りしたトマトを鍋に加えて混ぜる。
- 様子を見ながら水を加え、塩を入れて味付けする。
- チキンに火が通るまで煮込んだら、完成!
▼チキンカレーをマスターしたら、次はビリヤニレシピに挑戦!
SPICE NOTE|チキンカレーを美味しくするスパイスたち
1.赤唐辛子(チリ)・・・辛味の強いものから甘い品種のものまで、世界に500種類以上ある。カレーに使うなら、辛味の強いものがおすすめ
2.青唐辛子・・・赤く熟す前の若い唐辛子。シャープでさわやかな辛さが特徴。生のまま冷凍保存可能
3.ターメリック・・・日本では「ウコン」としておなじみ。カレーの色付けに欠かせないスパイス。漢方薬や健康食品としても人気
4.クミン・・・インド料理にはなくてはならないスパイス。セリ科の一年草で地中海沿岸が原産。クセのある香りと若干の苦味が特徴
5.カルダモン・・・古くから消化促進に効くと料理や医療にも使われているスパイス。清涼感のある芳香をもつ
6.シナモン・・・クスノキ科の常緑樹の樹皮を乾燥させたもの。独特の甘い香りで、スイーツでもおなじみのスパイス。体を温めたり、胃腸を整える作用がある
7.クローブ・・・バニラに似た、甘くて刺激的なスパイス。フトモモ科の常緑樹で、花のつぼみを乾燥させたもの。肉の臭みを消す作用がある
8.ブラックペッパー・・・世界中で愛されている、おなじみのスパイス。粒のままでも油と炒めることで、香りを引き出すことができる
9.インディアンベイリーフ・・・煮込み料理の定番スパイス。肉の臭みを消してくれる。一般的なベイリーフは月桂樹の葉を乾燥させたものだが、インディアンベイリーフはシナモンの葉を乾燥させたもので、サイズも大きい
(参考文献)
水野 仁輔(2010)『かんたん、本格! スパイスカレー』 マーブルトロン
ナイル善己(2011)『ナイルレストランが教える はじめてのインド料理』主婦と生活社
■お店情報
スワガット・インディアン・バザール
東京都江戸川区西葛西5-12-2西葛西モリタビル102
TEL:03-3680-9490
営業時間:10:00~21:00 年中無休
※記事の情報は2018年11月26日時点のものです。
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